「わたし」を分かち合いたい。

智慧を生きる人。自由気ままに絵を描くように、その命で智慧を表現する。“智絵”の名の通りに生きる。

目覚め

 

 

今、目覚めの時代と共に

様々な情報や知識が飛び交っている。

 

 

 

あの人はこう言っていた、

こっちのすごい人はこう言ってる、

この本にはこう書いてある、

あの先生はこう言ってた、

成功者はこう言ってる、

どう考えてもこの展開や状況はこう(外側の現実と答え合わせをしようとする)

 

 

 

どれが真実なんだろう?

 

 

 

そうして外に正解を探しているとき

もはや自分の大切な軸から外れてしまって

本質を見失っているのかもしれない。

 

 

 

特にそういった

「目覚めに関する知恵」は、

エゴ(偽の自分、幻想)に活用されやすい。

 

 

 

巧妙なストーリーをつけて

問題をあっという間に捏造する。

 

 

 

足りない、できてない、間違ってる、

今が完璧ではない、

今以外のどこかに完璧さがある、

心配や不安要素、不足感、

他との違いや特別感、

選民意識、優越感や劣等感

義務感や使命感、

どこか重たい感じ、、

 

 

 

エゴは、自分に

そういったネガティブな感覚を伴って

「リアルな真実だと、ありありと感じさせる」

 

 

 

だけど、それらは

自分と一体化してしまった幻想で、

本当は自分のものじゃない。

自分の心から求める本心とは一致しない。

 

 

 

巧妙で見分けにくいものもあるけれど、

しっかり心を開いて、

心の目でじっと見つめれば

 

 

 

いつだって何が今の自分にとっての真実かは、誰だって見分けがつく。

 

 

 

だってそれは

 

 

 

誰かすごい人でもない、

世の中で神様と呼ばれる存在でもない、

他の誰でもない、

 

 

 

【自分の心】が、

【内側の感覚】だけが

 


答えを知っているから。

 

 

 

感情は魂の声だ。

その声に耳を澄ませて、

 

 

 

「今、充分にあるはずの喜びを弱めてしまう何か」

「本来の自分ではない重たいもの」

にこだわるのをやめて

本来の澄んだ軽やかな自分自身で在ればいい。

 

 

本来の自然なわたしたちは

 

  

幸せいっぱいで、

いつも安心感に包まれてて、

最高に幸せ。

過去や未来のことも何一つ不安なんてない!

軽くて、あたたかくて、のびやかな感じ

 

 

真実はシンプルで、

あまりに簡単すぎてあっけないから、

人はそのシンプルさを

なかなかそれを受け入れられなかったりする。

  


頑張らないといけない!

何かを乗り越えなきゃいけない!

大切なことに気づかなきゃこの先にいけない!という

思考癖は、もはや古く

 

 

もう、何かを乗り越えたり

痛みや苦しみを伴って

目覚める時代ではないのだと思う。

 

 

もっと、楽にカンタンに、軽やかに、

安心して、楽しく、気楽に🌸

 

 

目にした知識や情報に

自分自身が飲み込まれてしまわぬよう

 


知識を日常に活用する、智慧の光を

自分の中心に据えていたい。